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札幌地方裁判所 昭和47年(ワ)1352号 判決

原告 高本義雄

右訴訟代理人弁護士 猪股貞雄

被告 松本亀之助

右訴訟代理人弁護士 藤井正章

右訴訟復代理人弁護士 村田栄作

主文

1  被告は原告に対し、金四八五万一〇〇〇円およびこれに対する昭和四七年一一月五日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4  この判決は主文第1項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

1  被告は原告に対し、金一八四九万六〇〇〇円および右金員に対する昭和四七年一一月五日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

(被告)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

1  被告は昭和四七年八月当時、北海道穀物商品取引所に所属する商品取引員(商号松本亀之助商店)であり、右商品取引業務に従事させるため営業課長として訴外堀川真一郎を雇傭していた。

2  原告は同月一一日、被告代理人右堀川に対し北海道穀物商品取引所における左記の先物商品取引を委託し、商品取引所法による受託契約準則に基づき委託証拠金として、新日本製鉄株式会社および日本通運株式会社各株券それぞれ五万株合計一〇万株(以下、本件株券ともいう)を、取引終了時から六営業日目に返還を受ける約束で預託した。

(一) 被告は原告のため、同月一四日までに八月限月の小豆一〇〇枚(一枚四〇〇〇俵、一俵六〇キログラム)を買入れる。

(二) 被告は、右小豆の商品取引相場が右買入れ時から同月二八日までの間に一俵当り金一五〇〇円(一枚当り金六万円)以上高騰した場合には、原告のために、右小豆一〇〇枚を売却する。

(三) 原告は被告に対し、右委託手数料として金三八万円を支払う。

3  しかるに、被告は原告のために小豆を買入れることをせず、また売却することをしないまま、同月二八日が経過した。

4(一)  そこで、右経過により右委託目的はその履行が不能となったのであるから、被告は原告に対し、直ちに本件株券を返還すべき義務があるところ、被告は右経過に先立つ同月二四日に、本件株券を第三者に対し故なく売却して同人に善意取得させ、右返還を不能にした。

(二)  仮に、右返還義務の内容が、被告が預った右株券に代えて他の同種の株券を返還することで足る所謂交換寄託と解されるとすれば、右第三者に対する売却によって右返還債務は履行不能とならない。そこで、原告は予備的に、本件訴状をもって、履行遅滞を理由に右委託証拠金預託契約を解除し、右訴状は同年一一月五日被告に到達した。

5  以上の結果、原告は次のとおり損害を蒙った。

(一) 先物商品取引による得べかりし利益   金五六二万円

(1) 同年八月一二日における北海道穀物商品取引所八月限月の小豆相場は最高値一俵当り金九一九〇円であり、かつ同月二八日までの間、右相場は一俵当り金一万〇六九〇円以上に高騰したから、原告の指値による買入および売却が可能であった。

尚、本件当時における小豆一俵当りの相場の値動きは別表のとおりである。

(2) よって、被告が前記先物商品取引を原告の委託どおり行なっていれば、少なくとも金六〇〇万円の利益を得られたはずである。従って、これから前記手数料金三八万円を控除した金五六二万円を得べかりし利益として主張する。

(二) 前記株券一〇万株にかわる填補賠償金 金一三一〇万円

(1) 本件訴訟提起時である同四七年一〇月二六日当時、新日本製鉄株式会社の株券の時価は一株金九七円、日本通運株式会社の株券の時価は一株金一六五円であったから、前記一〇万株の株券にかわる損害金は金一三一〇万円と認むべきである。

(2) 仮に、右時期をもって損害賠償額算定の基準時と認められないとしても、同年八月二四日前記株券一〇万株は第三者に対し金一〇五五万円で売却されているので、少なくとも右金額をもって損害額と認むべきである。

6  尚、仮に右堀川には被告を代理して商品取引を受託する権限がなかったとしても、右堀川が被告を代理して原告からの前記商品取引を受託し、かつ前記株券一〇万株を第三者に売却した行為は、被告営業課長としての地位および名称を利用して行なわれたものであって、被告の事業の執行につき為されたものである。

7  よって原告は被告に対し、主位的に(一)商品取引委託契約に基づく得べかりし利益金五六二万円のうち金五三九万六〇〇〇円と(二)委託証拠金寄託契約に基づく株券返還請求権にかわる損害金一三一〇万円の合計金一八四九万六〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年一一月五日から右支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に民法第七一五条に基づき右同額の損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

1  請求原因第1項は認める。

2  同第2項は否認する。

原告と堀川間の話合いは、顧客と委託者間の正当な商品先物取引ではなく、原告は堀川のスポンサーとして同人に本件株券を貸与して金六〇〇万円の対価をとり、堀川が右株券を使って相場を張るというものに他ならない。従って、原被告間に承諾書(乙第五号証)、同意書(乙第六号証)、通知書(乙第七号証)の作成取決めはなく、被告と商品取引所間にも玉の執行は全くないのである。

しかも堀川が原告と利益保証付の約束で相場のため委託証拠金充用有価証券を預って、原告以外の口座名で先物取引をしたことは、被告に対する堀川の背任行為であり、刑法上の背任罪をも構成する。そして原告はこの背任行為について共同加功をしている者であるから、かかる者に対し賠償責任を負う理由はない。

3  同第3項は認める。

4  同第4項(一)のうち、株券一〇万株が第三者に売却され、同人が善意取得したことは認め、その余は否認ないし争う。

5  同第5項(二)(1)の事実は認め、同(一)(2)は争う。

6  同第6項中、堀川が被告営業課長としての地位・名称を利用し、被告代理人として行為したことは否認し、それが被告の事業の執行につき為されたとの点は争う。

7  同第7項は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因第1および第3項記載の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで原告の主位的請求の根拠である先物商品取引契約および委託証拠金預託契約の成否について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、以下の事実が認められる。

1  訴外堀川真一郎(以下、堀川という)は前記争いのない自己の地位を利用し、昭和四七年三月ころから、被告の顧客であった訴外小川澄(顧客名は小川純史、以下小川という)より被告が受託した委託証拠金を利用し、小川名義を冒用して、勝手に先物商品取引を行なったが、その結果は小川名義において多大の損害を受けるに至った。一方、小川が真に委託した先物商品取引については利益を生じ、小川からその支払を請求されていた。そこで堀川は、右支払の引き延ばしをはかる一方、他の商品取引委託者を勧誘し、その委託証拠金を小川名義の委託証拠金として取扱かったうえ勝手に商品取引を行ない、それによって生ずる利益で右小川に対する益金の支払いや委託証拠金の返還に充てようと企てた。

2  そこで堀川は知人の元商品取引外務員であった訴外山田洋二(以下山田という)に対し商品取引の委託希望者の紹介を依頼していたところ、同人から原告を紹介され、昭和四七年八月一〇日札幌市内のホテルのロビーにおいて、山田の立会のもとに初めて原告と面談した。その席上、堀川は原告に対し「私の担当している顧客に八月限月の小豆の仕手戦(買建)をする者がいる。従って、現在(一俵当りの)小豆相場は金九千二、三百円だが金一万二、三千円に値上りするのは間違いない。」「八月限月の小豆を一〇〇枚買って貰えば、利益の有無に係わりなく最低で金六〇〇万円は保証する。それ以上に利益があがったときには、私が情報を提供したのですから、私と山田にも利益を分けて欲しい。」旨を説明し(尚、金六〇〇万円を超える利益の全部を欲しい旨説明したか否かは、相反する証拠があり確定することができない。)、商品取引を勧誘した。原告は右勧誘に対し、返事は明日まで待って欲しいとし、同所での再会を約したのみで即答を避け、自ら取引先の情報等により小豆相場の値動きにつき検討した。そして原告は右勧誘に応ずる旨決し、翌一一日、山田立会のもと同ホテルロビーにて、買付の都度原告に報告することとして請求原因第2項記載どおりの先物商品取引を委託し、それとともに訴外山一証券株式会社札幌支店が作成した原告宛株券預り証二通(一は新日本製鉄株式会社の株券五万株、他は日本通運株式会社の株券五万株が各表章されていた。)を右委託の証拠金として寄託した。右委託および寄託を受けた堀川は、その場で、被告が日常使用していた委託証拠金預り証の用紙一冊(五〇枚綴)をとり出し、その一枚の各空欄部分に(宛名欄)高木義雄(係名欄)堀川(日付欄)47.8.11(金額欄)新日鉄伍萬株、日本通運伍萬株、とそれぞれ記載し、これを原告に交付したが(尚、同預り証には不動文字で、発行者が被告である旨が示され、被告名下には代表者印が押捺されているが、同印章は堀川が拾得保管中であった他社の印章を、原告を欺く目的で被告の印章の如くに装い、利用したもので、被告の印章とは異なるものである。)、北海道穀物商品取引所の定めた受託契約準則で定める承諾書(委託者が受託契約準則に従って商品取引を行なうことを承諾する旨の書面)、通知書(委託者から商品取引員に対し、委託者の氏名または商号、住所または事務所、連絡場所を定めた場合はその場所、代理人を定めた場合はその者の氏名または商号および住所または事務所所在地ならびに代理権の範囲について通知するための書面)、および同意書(商品取引員が委託者から委託証拠金として預託を受けた有価証券を、流用するについての委託者の同意書面)はいずれも取り交わされなかった。

3  堀川は右株券預り証二通を株券に替えるべく、山一証券株式会社札幌支店に連絡したところ、同支店より、同株券の取寄せに時間がかかるので同月一四日にならないと交付できない旨告げられた。そこで堀川は同月一四日、預り証二通を持って右支店に赴き、それと引換えに新日本製鉄株式会社および日本通運株式会社の各株券それぞれ五万株合計一〇万株を受取り、これを小川の委託証拠金として被告に提出した。

4  そして堀川は小川の委託証拠金を使って手張りを続ける一方、前記原告との合意どおり仕手戦の状況にあわせて買付けた如くによそおうべく、原告に対し虚偽の買付状況を報告し、また同月二五日と二八日には被告の日常使用している用紙を利用して、売付報告および先物取引売買精算書をそれぞれ送付している。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。ところで、商品取引業者と顧客との取引につき外務員が介在する場合においては、右外務員と顧客との間に一般的取引関係からする信用を超える特別の個人的信頼関係が存し、顧客が外務員に対し商品取引業者の使用人たる地位を去って自己のために行為することを求め、外務員がこれに応じたものと認められる等の特別の事情が存しないかぎり、外務員は一般に商品取引業者を代理するものと解されるところ(最高裁判所昭和四八年(オ)第五五三号証拠金返還等請求事件に対する最高裁判所昭和五〇年一〇月三日第二小法廷判決参照)、右認定にかかる事実によれば、原告と堀川間の右合意は北海道穀物商品取引所の定める受託契約準則第一七条二号(商品取引員またはその使用人が顧客に対し、損失の全部もしくは一部を負担することを約しまたは利益を保証してその委託を勧誘することの禁止)に違背するものと認められるが、それ以上に原告と堀川間の個人的な株券貸借契約であるとか、また堀川の背任行為に原告が共同加功したとまで言うことはできず、その他右にいう特別の事情はないから、結局原被告間には原告の主張にかかる先物商品取引委託契約および委託証拠金預託契約が堀川を被告の代理人として成立したと認めるのが相当である。

三  次に原告の蒙った損害について判断する。

1(先物商品取引委託契約に基づく得べかりし利益)

請求原因第5項(一)(1)の事実は被告において明らかに争わないので、これを自白したものと看做す。そしてこれらの事実によれば、右認定した先物商品取引委託契約に基づく債務の履行として被告において先物商品取引を行なった場合には、原告は被告への委託手数料金三八万円を控除してもなお金五六二万円以上の差益をあげることが可能であったと認められ、右得べかりし差益は被告の右委託契約上の債務不履行と相当因果関係にある損害と認めるのが妥当である。

2(委託証拠金預託契約上の債務不履行による損害)

被告は原告より、右委託にかかる先物商品取引の委託証拠金として、同取引の終了時から六営業日目に原告に返還するとの約定にて本件株券を受託したものであるが、堀川が小川名義で手張りをするために、同名義の委託証拠金として保管されていたことは前記認定のとおりである。しかるに前顕各証拠によれば、堀川は八月限の小豆相場の値崩れを防止すべく買建玉の現品受けをしようと考え、その資金調達として右委託証拠金たる本件株券の現金化を企て、原告から右流用についての承諾を得ないままに、同月二四日被告に対し、小川からの指示である旨偽わって本件株券の売却を依頼したこと、被告は同日本件株券を上光証券株式会社に対し総額金一〇五五万円で売却して善意取得させた(同株式会社が本件株券を善意取得したことは当事者間に争いがない。)ことが認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで委託証拠金充用証券の預託は原則として根質権設定契約と認むべきところ、本件株券は同四七年八月二四日第三者によって善意取得されたのであるから、被告の原告に対する本件株券の返還債務は右時点において不能に帰したと認められる。そして、履行不能を理由として填補賠償を求める場合、その賠償額算定の基準時は原則として履行不能時と解するを相当とするから、本件株券にかわる損害金は金一〇五五万円と認めるのが相当である。

3 (過失相殺)

原被告間の先物商品取引委託契約が前記受託契約準則第一七条二号に反する違法なものであることは前述した。そして、前顕各証拠によれば、原告は本件取引に先立つ昭和四五年に商品取引員日本農産物株式会社を通じ一〇〇枚以上の商品取引を行ない金一〇〇〇万円ほどの差引利益を得、翌四六年にも同取引員を通じ一四〇ないし一五〇枚の商品取引を行ない金二〇〇〇万円ほどの差引損となったことが認められ、かかる事実からすれば原告は商品取引の知識にも明るく、従って、右委託取引が違法なものであることも知っていたであろうことは容易に推認できるところである。また原告本人尋問の結果によると原告は堀川が預り証用紙を一綴取り出したことを不自然に感じたが、被告本人や他の責任者に問合せなかったことも認められる。一方、前顕各証拠によれば、右預り証用紙は堀川が被告のロッカーから勝手に持ち出したものであること、従業員の違法行為を防止する方法としては顧客に対し毎月残高証明書を送付するにとどまっていたことが認められ、書類管理また従業員の監督に不十分なものがあったと窺われる。

右判示の原被告双方の諸事情を考慮すれば公平の見地からして、右損害の全部につき被告の負担とするのは相当でなく、職権によりこれを一〇分し、その七を原告の、その余を被告の各負担とするのが相当である。

4 よって、原告の損害の合計金一六一七万円のうち金四八五万一〇〇〇円をもって損害賠償額と認める。

四  以上によれば、原告の本訴請求は金四八五万一〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であることが明らかな昭和四七年一一月五日から右支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし(尚、前記争いのない事実と前記認定した事実とを民法第七一五条の視点から検討するも、右認容額を超えて理由があるとは認められない。)、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 前川豪志 上原裕之)

〈以下省略〉

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